
アンニョンハセヨ。2025年度、ブログ運営の担当になりました、小学4年生の保護者です。他の保護者の方とも協力をしながら、月に1回以上、本ブログの更新を行なっていきますので、目を通してくださると嬉しく思います。
2025年3月8日。韓国ブンダン日本語補習授業校(以下補習校)の入学式・始業式が行われました。補習校とは、海外で生活しながらも、両親のどちらかが日本語を母語としている家庭のお子さんが現地校やインターナショナル校に通いながら、毎週日本語を学習する場を提供するために開かれている場所です。
現在は各学年の指導・組織づくり・イベント企画などの全ての運営を保護者が担っています。国語のみの教科を毎週土曜日の3時間、日本の教科書を使って指導しています。今年は幼稚部2学年・小学部6学年・総合クラスに分かれて授業が行われることとなりました。
3月から新学期が始まる韓国ですが、その時期に合わせて本校も開校しています。この日は久しぶりに顔を合わせた子どもたちには笑顔が溢れていました。日本にルーツのある子どもたちにとって、家庭と学校以外の第3の居場所として、こういった場所があることが大きな力となっていくと思います。
本記事では、始業式と入学式の様子をご紹介させていただきます。
始業式・入学式の様子

開式の言葉から始まり、総合クラス・小学部・幼稚部の子どもたちの紹介・式辞・来賓紹介・歓迎の言葉・校歌斉唱・閉式の言葉という流れで始業式・入学式が行われました。新しい担任の先生が紹介され、子どもたちの元気な声が聞こえてきました。
代表の先生からの式辞:今年の目標とことばに込められた想い

担任の先生の紹介が終わると、代表の先生より、今年度の指針を示す式辞が届けられました。
先生は日本語特有の表現として「慮る」と「賜物」という言葉を紹介されました。「慮る」とは、相手の気持ちを深く理解し、本当に必要なことを考えること。「賜物」は、英語では"gift"と訳されますが、与えられた才能や得意分野のことを指します。
そして、今年度の補習校の目標として 「得意を活かす・親も子も成長」 を掲げ、親も子どもたちも一人ひとりの「賜物」を大切にしながら、その能力を発揮し、お互いを「慮る」心を育てていく大切さが語られました。
来賓の紹介:牧師先生からのことば

今期も、韓国のブンダンにある教会の教室を利用し、本校の活動を行わせていただくこととなりました。始業式では来賓である当教会の牧師先生よりのお言葉も届けられました。
日本に在住していたことのある牧師先生は、日本語が流暢です。この日は、言葉を学習することの大切さをお話ししてくれました。
将来、ここで学ぶ子どもたちが、「日本と韓国の架け橋となる重要な役割を担うこととなる」と力強いエールを届けてくれました。
今学期も教会の方が主催してくださるサッカー教室などが授業後に開かれます。日本語の授業だけでなく、たくさんの活動を支えてくださっています。
歓迎の言葉:新5年生からの言葉

次に、補習校に長く通っている新5年生の児童より歓迎の言葉が述べられました。新しく通い始める子どもたちに向けて、日本語が話せるようになる喜びや大切さを届けてくれました。
外国に住んでいても、両親のどちらかが日本語話者であれば、日本語が自動的にできるようになると思われるかもしれませんが、ここまでしっかりと話し、発表できるようになるまで、本人と保護者の方の努力があってこそのものです。5年生の発表を聞いて、改めて補習校の存在意義を感じさせてくれる時間となりました。
校歌斉唱

最後に、本校の校歌を全員で斉唱する時間が設けられました。校歌は補習校創立者の大皿泰子先生が作詞、そして瓜生恭子氏作曲によって作られました。
日本と韓国の架け橋にという意味を込めて、日本語を学ぶことの素晴らしさを感じさせてくれる歌詞になっています。
補習校の存在はただ単に日本語学習をする場にとどまらない
今年もこうして、補習校での1年が始まりました。我が家も娘が補習校に通い初めて、2年が経ちます。娘にとって、補習校という学校以外での居場所は、言語学習以上のいろいろな面でこれから支えになっていってくれるだろうと感じています。
日本と同じように、韓国でも、現代の子育ては家庭に集中しすぎてしまっているように思います。私たちが子どもの頃にあったような地域での取り組みなどに触れる機会があまりなく、子どももまた、家庭や学校に縛りつけられているような気持ちになっているかもしれないと、心配になることがあります。
子どもにとっても親にとっても、自分の存在を認めてくれる暖かい居場所を持つことは、生活をより豊かに過ごすために必要なものだと、改めて感じさせてくれる一日となりました。補習校は、韓国で生活する私にとっても、そんな居場所となりはじめています。
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