入学式を迎えて
- bundang-nihongo

- 2 日前
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2026年3月、韓国ブンダン日本語補習授業校(以下、補習校)で、入学式と始業式が行われました。
今年は5人が入学式に出席しましたが、私の息子もその1人でした。
補習校に通うと、現地の学校に月曜から金曜まで通いつつも、土曜日にさらにひと頑張りしなければなりません。「宿題多くなるかな?」「忙しくなるけど大丈夫かな?」という不安もありつつ、それ以上に、「日本語がもっとできるようになったらいいな」という期待を胸に、入学の日を迎えました。

入学式は今年が初めてですが、息子は幼稚部の始業式を経験していたので、補習校で新年度を迎えるのが今年で2回目になります。息子の場合、幼稚部に通っていたことが、小1入学への大きな支えになったと思っています。通っていた一年半のあいだ、土曜日ごとに通うという習慣に慣れることができたからです。最初のうちは、朝が起きるのが辛かったり、電車とバスの通学途中でよく気分が悪くなったりして、続けて通えるか不安もあったのですが、通うたびに、だんだん体力もつき、長い通学時間に耐えられるようになりました。
私の家から補習校までの通学時間は、約1時間半と、近くはありません。しかし、もっと遠いところから通って来られる方も多く、補習校に来ると、いつも日本語を勉強したい、させたいという子どもたちと保護者の方々の熱意を感じます。
今年、無事小1に入学した息子。その姿を見ると、2年前、補習校の事を知り、体験入学を申請したときのことをふと懐かしく思い出します。 息子にどうにか日本語が分かるようになって欲しいと試行錯誤していた頃でした。
当時はまだ5才くらいだったのですが、日本語がほとんどできませんでした。母親が日本人なんだから、日本語なんてそのうちできるだろうと軽く思っていたのですが、日本語を話せるようになるのは、思ったより覚悟が必要でした。
大変だった理由はいくつかありますが、ひとつは、家族の理解が得られないことでした。韓国では時々あることかもしれませんが、夫の両親が小さい時から日本語を学ばせることに反対し、まだ子どもに外国語を学ばせてはいけないと、事あるごとに言われていました。
また、二つ目としては、言語治療の方針です。私には2人の息子がいるのですが、兄のほうは発達障害があって、まったく言葉が話せません。韓国で言語療法を受けていたのですが、言語療法の先生には、混乱のないよう、必ず話しかけるのは一つの言語で、韓国語だけにしてくださいと言われていました。(ここ最近は、そう言われることが無くなってきたように思います) それで、補習校に通う次男も、発達の遅れを指摘されていた時期があり、悩みながらも韓国語中心の生活になっていたと思います。
さらに、追い打ちをかけたのが、コロナ禍です。今の3歳以上の子供たちは、多かれ少なかれ、コロナ禍によってオフラインでの交流を抑制された経験のある子供たちだと思いますが、私の息子も、言葉が爆発的に増える2歳から5歳の間に、日本に一度も行けなくなってしまいました。
韓国にいると韓国語はどんどん伸びるのに、日本語からは遠のいていく。焦りとともに、なにか日本語での集まりがあったらいいのにと感じていました。
ひとりで努力しようとしてみても、なかなか前に進まないのですが、補習校には、同じような悩みを抱える保護者の方々がいて、アドバイスを受けられます。そして、息子自身も、ここに来ると日本語で話す仲間たちに会うことができ、刺激をされ、勉強する意欲を維持することができています。ほんとうに、この場所が与えられてよかったと思いました。
さて、小学部からは、本格的な国語の授業が始まります。3時間目まで授業があり、日本の教科書に沿った宿題にも取り組まなければなりません。頑張ろうと思いながらも、韓国の学校との両立で、いつ辞めたいと言い出すか分からない、不安なところも正直あります。しかしながら、補習校の魅力は、勉強だけではありません。
今年は、教会で主催してくださるサッカー教室にも参加する予定です。また、お楽しみ会やバザーなど、勉強だけではない、いろいろなイベントもあります。これも、執行部や係の方々が案を練って、運営されているからこそできることで、活動の裏で、多くの人の努力で支えられているんだなと感じます。
この補習校という場所を与えられたことに感謝しながら、これからの六年間、子供とともに私自身も成長していきたいです。


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